特別対談!新しい年の始まりに
ガレット・デ・ロワ
新しい年の始まりは「ガレット・デ・ロワ」で!
大森由紀子先生&佐藤亮太郎シェフの特別対談
フランス菓子の文化に造詣が深く、その魅力を広く伝える大森由紀子先生と、30年近くパリで活躍し、鎌倉にも人気店「レガレヴ」を構える佐藤亮太郎シェフ。フランスで新年に欠かせないお菓子「ガレット・デ・ロワ」にまつわる、お二人のスペシャル対談をお届けします。
1年の幸運を占うガレット・デ・ロワ
cotta:
近年、日本でも目にする機会が年々増えているガレット・デ・ロワですが、どんなお菓子なのでしょうか?
大森先生:
「ガレット(Galette)」は、丸く平たいお菓子や料理の意味。
「ロワ(Rois)」は、キリストの誕生を知って東方からベツレヘムまで旅をし、キリストに謁見した3人の聖人たちのこと。キリストの誕生をお祝いした日は1月6日として「公現祭(エピファニー)」と定められ、本来はその日に食べるのがガレット・デ・ロワです。
バルタザール、メルキオール、ガスパールの三聖人(賢人、博士)。
大森先生:
フィユタージュ(折り込みパイ生地)でクレームダマンド(アーモンドクリーム)を包んで焼き上げたものがガレット・デ・ロワとして知られていますが、フランス南部ではブリオッシュにドライフルーツを飾ったものがガレット・デ・ロワとして食べられていますよ。
佐藤シェフ:
フランスでは当日(または1月6日のあとの最初の日曜)だけでなく、1月いっぱいは店頭に並んでいます。年が明けるとお菓子屋さんやパン屋さんの店頭に並び、フランスでは家族や友達と集まって切り分けるんです。
お菓子のおいしさを味わうのはもちろんですが、最大の楽しみはフェーヴを誰が当てるか。当たった人には、1年間幸運が訪れると言われています。
日本ではあまり知られていないけれど、その場にいる最年少の子どもが、どの一切れを誰にサーブするかを決めるんです。フェーヴを当てた人が紙製の王冠をかぶり、その日の「王様」または「王女様」になって、みんなに祝福されます。
大森先生:
これもあまり知られていないですが、王冠をかぶった人が異性を選び、二人で祝福されます。その場に意中の人がいたら...なんていう、淡い恋の思い出があるフランスの人もいるとか。
佐藤シェフ:
その時の「王様」が、次回の集まりの際にガレット・デ・ロワを買って行くというしきたりもあるようです。近頃は各お店で趣向を凝らしていて、レモンやチョコのクリーム入りなども。
職人の技が見極められるシンプルなお菓子
大森先生:
フィユタージュとクリームのバランスが絶妙なものは、ナイフを入れた瞬間にその良さがわかります。腕のいいシェフが作ったものは、美しい焼き色と繊細なレイエ(線描き模様)も見事です。
伝統的なレイエは生命力を表す「太陽」、豊穣の「麦の穂」、「月桂樹」は勝利と、自然のものがモチーフ。
佐藤シェフ:
切り分けて食べるので、焼き上がった時に中のクリームに偏りがあっちゃいけないんです。きっちりと折り上げたフィユタージュでクリームを均一に包み込み、平らにこんがりと焼き上げます。
中のクリームに使うアーモンドは、僕はプラリネ・ルージュから手作りします。アーモンドを赤い砂糖でコーティングするのですが、砂糖がけの回数は7回! とても固いので、それを砕くだけでもひと苦労。
完全にすり潰さずに、アーモンドの食感も感じられるようにしています。
佐藤シェフ作のガレット・デ・ロワは太陽を表すレイエが施された、輝く黄金色!
大森先生:
一見シンプルだけど、ものすごく手間がかかっているんですよね。それでいて、みんなが食べる、いわば、日本の「おはぎ」みたいなものだから、高級品ではないんです。
パリではこんな風に簡単な手提げ袋にガサっと入れて、縦にして持っちゃう! 大量に売れるから、いちいち箱になんて入れていられないんですよ。
大森先生がパリで買ったガレット・デ・ロワが入っていた紙袋。
大森先生:
実は私、「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」という、フランス伝統菓子の魅力と文化を伝える会を日本のシェフたちと一緒に運営しており、今年はちょうど20周年。クラブを象徴するお菓子、ガレット・デ・ロワが、こんなに日本で広まるとは、発足した当時は思っていませんでした。
クラブでは、ガレット・デ・ロワのコンクールも行っていて、日本のシェフたちの作るものは、とっても優秀なんですよ。
佐藤シェフ:
今日は箱に入れて持ってきた(笑)、僕のガレット・デ・ロワをぜひ食べてみてください。
大森先生:
佐藤シェフのガレット・デ・ロワは、アーモンドの味わいが一段と深く感じられますね。
佐藤シェフ:
甘みはアーモンドにかけた砂糖の分だけなので、やさしい甘さです。
cotta:
サクサクはらはらっと崩れる軽い食感のフィユタージュと、コク深いクリームとのハーモニーが素晴らしいですね。
均一にクリームがぎっしりと詰まった、佐藤シェフのガレット・デ・ロワ。
大森先生:
200℃に温めたオーブンを消したところに5分ほどおいて温め直すと、バターとアーモンドの香りがぐんと引き立って、よりおいしくなりますよ!
ガレット・デ・ロワとフェーヴの歴史
佐藤シェフ:
ガレット・デ・ロワやフェーヴに付加価値がつき始めたのは、ピエール・エルメ氏のようなスターシェフが台頭してきてからだと思います。
大森先生:
そうですね。今では、その年ごとに各お店でこんなにかわいいフェーヴがみつかります。
見ているだけで楽しい、大森先生のフェーヴコレクション。
世界中にフェーヴのコレクターもいて、フランスでは交換会や博物館もあるほど。これはパリで買った、「ラデュレ」のフェーヴセットです。
大森先生が10年ほど前にパリで買った、世界の都市名が書かれたトランク型のフェーヴには「TOKYO」の名も。
大森先生:
フェーヴは「そら豆」という意味。古代から命のシンボルとして祭事にふるまわれ、陶製のものになったのは1874年のこと。パリのお菓子屋さんが陶器の人形を入れたのがきっかけだとか。
当時、子どもが遊んでいた人形は陶器でできていました。初期のフェーヴはそれをミニチュアにしたもので、今のようなデザイン性の高いものが出てきたのは、ここ10、20年のことなんです。
1874年にガレット デ ロワに初めて使われた陶器製のレプリカ(キリストと平和の象徴、鳩)。
大森先生:
古代ローマ時代、農耕の神を讃える盛大な「サトゥルヌス祭」が12月にあり、中世のフランスでは、その祭りに似た「道化の祭り」が1月にあったといわれています。いずれも、くじを引いて当たったら、身分の低い人でも祭りの間は主人に給仕をさせることができたのだそう。
また、11世紀にはフランス東部、フランシュ・コンテ地方、ブザンソンの教会で責任者を決める際に、パンの中に金貨を隠してくじ引きをしたという記録も。
諸説ありますが、こういった運試しが広がって、今のような楽しみ方になっていったのではないかと言われています。
佐藤シェフ:
単純に新年を祝う運試しをするお菓子ではなくて、歴史や宗教が背景にあるものだけれど、やっぱりワクワクさせてくれますよね。
日本でもお店ごとに個性のあるガレット・デ・ロワがみつかるので、ぜひ食べてみてください。
cotta:
キリスト教文化が浸透していない日本でもこのお菓子に人気が出たのは、お正月に大切な人と集まって祝う文化とリンクしたんですね。背景を知ると、食べる楽しみがいっそう広がります。
2024年はガレット・デ・ロワで、みなさんに幸せが降り注ぎますように!
次回は、yuka*cm(ユカセンチ)さんに、ラムレーズンをたっぷりっと入れた、大人のチーズケーキのお話をうかがいます。
取材・文/singt 撮影/田中館 裕介
大森由紀子先生
フランス料理・菓子研究家。自宅で料理・菓子教室「エートル・パティス・キュイジーヌ」を主宰。企業のアドバイザー、コンクールの審査員なども数多く務める。フランス政府より2017年に農事功労章シュバリエ勲章を受勲。著書多数。近著は「フランス伝統料理と地方菓子の事典」。
洋菓子店「ルコント」での勤務を経て1966年、24歳で渡仏。フランスでは「メゾンブランシュ」や、ミシュラン三つ星レストラン「ギーサボワー」「ラペルーズ」など数多くの一流店でシェフを務め、2021年9月に鎌倉でサロン・ド・テ「Regalez Vous(レガレヴ)」をオープン。